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福村さん、競技人生振り返る−延岡市陸協会長
本紙掲載日:2017-06-03
1面

署員を前に話す福村正勝さん(延岡警察署)

延岡署で講話−天下一駅伝への協力に感謝

 旭化成陸上部の黄金時代を築いた一人で現在、延岡市陸上競技協会会長、県陸協副会長の福村正勝さん(74)がこのほど、延岡警察署の例会で「陸上競技に熱き思いと自己の健康管理について」と題して講話した。

 長崎県出身の福村さんは、空襲が激しさを増す昭和18年に8人きょうだいの末っ子として生まれ、幼少時代からの半生を振り返った。

 社会全体が貧しかった時代、両親に負担をかけまいと、重さ30キロのイモを抱えて売り歩いたり鉄くず拾いをしながら定時制高校に通学。そうして鍛えられた足腰で、未経験だった校内の長距離走大会でいきなり優勝。高校総体で県高校新記録を出すと、九州大会も勝ち上がり、全国高校総体に出場した。

 総体本番では前日に食べたカキフライで食中毒になりながらも優勝。日体大の勧誘を断って旭化成に入社した。当初は先輩選手にまったく歯が立たなかった。その悔しさから皆が寝静まった夜中に長浜海岸を3往復したり、早朝に愛宕山まで駆け上がる特訓を繰り返したという。

 そんな厳しい練習でメキメキと実力を付け、半年後には九州一周駅伝の県選手選考会で2位入賞。旭化成を代表する選手に成長し、同駅伝には6回出場、全日本実業団駅伝(ニューイヤー駅伝)3連覇という輝かしい一時代を築いた。

 昭和46年に右膝半月板を傷め、選手生活を引退し、50年から11年間、コーチとして当時の廣島日出国監督とともに、宗茂・猛兄弟、谷口浩美、森下広一選手らを指導し日本を代表する選手に育てた。

 裏話として、雨漏りする道場で稽古する柔道部の姿に「何とかしなければ」と思い、建て替えに奔走。上京して社長に「このままでは将来の柔道も陸上もない」と直談判し、レーヨングラウンドの全天候型への改修が実現したことを紹介した。

 また、レーヨングラウンドの改修記念で平成8年に開いた陸上記録会が現在の「ゴールデンゲームズ」に発展した経緯を語り「2万3000人の来場者を数える大会にまで成長させたが、最終目標は世界に通用する選手が走る大会にすること」と語り、延岡西日本マラソンも含めて「さらに盛り上げていかなければ」と意欲的に語った。

 自身の健康管理については、退職時に78キロあった体重を58キロまで減量。早起き、菜食中心、1日1万歩、アルコールは週3日までを徹底していると話し「自分にあった運動を」とアドバイスした。

 延岡署に全面的に協力してもらっている「天下一!のべおか中学駅伝競走大会」は「こんなにすばらしい大会はない」と各方面から高く評価されていることを紹介し、「せっかくの人生、楽しく生きましょう」と呼び掛けた。