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百歳迎える延岡の図書館(下)
本紙掲載日:2017-10-20
7面

2代目の図書館(昭和14年8月落成)。戦時下は憲兵隊延岡分駐所が接収、戦後は延岡警察署や延岡市庁舎になった。再び図書館が帰ってきたのは昭和31年1月5日だった
延岡市制30周年記念で旭化成が市に図書館を寄贈、その時に配布した「竣工のしおり」(昭和40年1月5日開館)
延岡の図書館90年、新館開館10年を記念して平成20年2月11、12日、延岡市立図書館内で行われた記念エキシビション「RATATOSQ(ラタトスキュー)」

大正−昭和−平成、一世紀の歩み振り返る

◆昭和12年市庁舎から延焼し焼失−戦争末から戦後は図書館漂流

◆図書館全焼

 昭和12(1937)年2月18日、延岡図書館が全焼した。翌日の延岡新聞は次のように報道している。

 「昨夜十時半頃、延岡市役所土木課裏手の物置付近から突如発火し、火勢猛烈を極め忽(たちま)ち延焼。この大変事に一驚した白坂助役職務管掌以下全吏員、かけつけた市民、消防組は必死となって防火に努め、重要書類の搬出に懸命の努力を払ったが、火勢は容易に衰えぬのと付近に水の不足を訴へ思ふようにならず、ついに隣の延岡図書館に類焼し、双方共にほとんど全焼の惨禍を見たが、この一帯は延岡区裁判所をはじめ、延岡小学校その他各官公地帯であるだけに、非常なる混乱を見せ、鎮火したのは午前1時半ごろであった」

 「損害はまだ詳(つまび)らかでないが、市役所は戸籍簿、土地台帳、兵事関係など重要書類は大体取り出したが、普通事務の分はほとんど混合と化し、図書館の書籍の焼失は莫大(ばくだい)にのぼると見られるが、原因その他は昨夜直ちに佐竹庶務課長以下を招致して厳重に取り調べ中で、火気のないところにより発火したことが不審だとされている。なお市役所は1万5千円程度の保険が付してある」(一部現代表記)

◆2代目図書館の漂流

 それから2年半後の昭和14(1939)年8月、新延岡図書館ができる。この2代目の図書館は戦争末期から戦後にかけて数奇な運命をたどる。

 太平洋戦争末期の昭和20(1945)年5月、図書館は戦時体制強化のため憲兵隊延岡分駐所に接収され、民家への移転を余儀なくされた。同年6月29日未明、延岡は大規模な空襲を受け、市中心部の大半を焼失してしまう。

 図書館だった建物は戦火を免れたが、終戦から5日後、憲兵隊が去った後に延岡警察署が移ってきた。図書館は民家から館長の公舎に移した。

 延岡空襲で全焼した市庁舎は、岡富小学校講堂を仮事務所としていたが雨漏りがひどく、昭和22(1947)年に延岡警察署が新築されたため、それまで警察署として使用していた図書館の建物を今度は市庁舎として利用することとなる。

 同年3月1日、図書館は本小路にあった公益質庫跡で開館。その1カ月後、図書館は県から市に移管され「延岡市立延岡図書館」になった。

 ようやく元の建物に図書館が戻ったのは、市庁舎が新築移転した昭和30(1955)年暮れだった。

◆3代目は旭化成が寄贈

 3代目の図書館は昭和39(1964)年3月8日、旭化成が市制30周年のお祝いとして新築の図書館を寄贈。同年12月に落成し、翌40年1月5日に開館した。竣工(しゅんこう)の時、旭化成が配布した「延岡市立図書館 竣工のしおり」には次のように記されている。「この図書館の設計にあたっては日本図書館協会等専門機関の最新知識をとり入れ、旧来の書庫を廃し、図書を利用者により接近させる、利用しやすくする、さらに将来の利用法の変化に応じて閲覧スペースと書架スペースを自由に配置換えできる――自由書架型式を採用しました」

 「閲覧室は、一般閲覧室(202人収容)のほか児童閲覧室(51人収容)を設け、児童閲覧室は出入り口、便所を全く別にして一般の邪魔にならないよう工夫してあります。その他、資料室、ホール(100人収容)、レファレンスルーム等を設けました」

 「開架システム」を取り入れた最新の設計で、一般閲覧室と児童閲覧室を設け、屋外で本が読めるようバルコニーも造った。明るく、開かれた最先端図書館が誕生した。

 図書館の利用者は急増した。夕刊デイリー新聞は「読書家で超満員オンボロ時代の2・7倍」と報じた。

◆現在は4代目

 平成9(1997)年2月21日、延岡市に4代目の図書館が開館した。旧延岡小学校跡地に完成した複合施設「カルチャープラザのべおか」の中核施設だ。

 広く明るい建物で、蔵書も職員も大幅に増やした。その結果、利用者は大幅に増えた。「伽藍堂(がらんどう)のよう」と言われた1世紀前の図書館とは施設の使いやすさ、サービス、利用者の意識も全く異なる施設となっている。(おわり)