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第3期生が卒塾

本紙掲載日:2018-03-21
3面
こころざし第3期生の卒塾式
岡野徹さん

次世代リーダー育成塾「こころざし」

◆20人、継続活動を誓う−延岡

 県北の豊かな地域づくり、産業活性化、工業振興などを先導する人材を育てようと、平成27年から3年間延岡市で開かれていた次世代リーダー育成塾「こころざし」第3期(水永正憲塾長)の卒塾式が20日、同市紺屋町のホテルメリージュ延岡であった。製造業、商社、農業、サービス業、市職員ら20人が卒塾した。

 毎月1回、県内外の企業で活躍する経営者の講演を聞き、月1冊指定された図書のリポートを書き、「課外活動」では企業や先進地視察を行い、「最終成果」として自社の事業革新計画と5人ずつの班で地域共生計画の作成に取り組んだ。

 卒塾式には県工業会会員や行政の関係者も出席。卒塾生代表2人が事業革新計画を発表した。松山太郎・松山塗料専務(36)は「卸事業は続けながらも開発、製造、脱卸の新3事業を展開し、県内の中核企業に成長したい」と、具体的売り上げ計画を示しながら話した。

 地域共生計画の発表では「公開型次世代リーダー育成塾の継続実施」「徹底した地産地消環境の構築」「農林水産業と異業種の連携」「ボランティア活動持続のためのボランティアポイント制導入」などを提案。各班の代表者が「自分が責任を持って実現させる」と宣言して、満場の拍手を浴びた。

 水永塾長は「激変する時代の事業承継には変革が必須。そのためには異論、反論し合ってほしい。この塾で得た人とのネットワークを生かし、磨いてほしい」。延岡市の久保昌広副市長、甲斐俊二商工観光部長、県工業会県北地区部会の清本英男会長は「これからの延岡を引っ張って」などと話して激励した。

 最後に、塾生を代表して矢野東五・延岡信用金庫総務部副部長(53)が「自社の発展、延岡市の発展のために継続して活動していく」と誓った。

 こころざし塾は県工業会県北地区部会、延岡市工業振興課などの企画で平成20年から始まり、第1期(4年間)は26人、第2期(2年間)は25人が卒塾した。

 3期生は「地域イノベーションを興し、プロデューサー人材を目指す」を合言葉に取り組み、期間中に1人が起業、3人が自社の社長に就任、1人が事業を法人化して社長に就任した。


◆こころざしの講義はこれで区切りに−10年も講師を務めた岡野徹さん

 「最初は塾生も子どものような年代でしたが、最近は皆さん孫みたいでかわいくて、教える方の迫力が出なくて」と苦笑いするのは次世代リーダー育成塾「こころざし」で1期から3期生に講義を続けてきた元旭化成延岡支社長の岡野徹さん(79)。

 塾生を総評して「志を立てて勉強してやろうという人たちがいることが財産ですよね」「(いろいろな先進的な取り組みを受け止める若い人は、よその地域にはあまりいないが)延岡はやってやろうという人が出てくるからいいと思います」。

 「1〜3期の10年間、塾長の水永正憲さんが一生懸命にやってこられたから」とたたえたが、自身もこの間、講義を続けてきた。3期生の最終講義後には塾生から感謝の花束が贈られた。その3期生の卒塾式が20日にあったが、「これをもって私も卒業したい」と考えたという。

 「これまで半年に7、8回は延岡に来ていた」がこれで来る機会も激減しそう。ただ、ひむかオペラ協議会と同賛助会の会長、宮崎日伊協会の中心人物でもあり、数は減っても延岡には年に何回かは来ることに。旭化成工業(当時)には昭和38年の入社。延岡勤務は複数回、年数も長く、友人知人は多数。区切りは付けたくても延岡との縁は簡単に切れそうにないようだ。

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