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「夏に帰ってこい」−3塁側応援団

本紙掲載日:2018-03-28
3面
得点が入り肩を組んで「応援歌」を歌う応援団の生徒たち(1回裏)
試合終了後に応援団にあいさつ。激励の声を掛けられる延学ナイン
メガホンをたたいて応援する野村秀一さん

夢舞台、よく成長した−延学ナインに熱い声援

 「胸を張れ」「良くやった」―。試合終了後、三塁側アルプスへあいさつに来たナインに応援団の声が響いた。メガホンをたたいて選手たちの健闘をたたえ、地元の観客からも「延学、夏に帰って来い」と声援が飛んだ。

 三塁側アルプススタンドの延岡学園の応援団は白地のパーカーに紫の帽子を身に着けた生徒、家族や親戚、教職員、県人会など約千人。試合を前に、副団長で野球部の投山昂樹君(2年)は「団長を中心にして盛り上げたい」と意気込んだ。

 一回表に1点を奪われたがその裏に小幡選手の適時打で同点。父の正樹さん(53)=大分市=は「よしっ。『チャンスに1本打つ』と口癖のように言っていたのできっちり仕事をして一安心」。

 得点した時に演奏する曲は同校卒業生が2年前に作詞作曲した「応援歌」。初めて甲子園に流れた瞬間だった。さらに工藤選手の2点本塁打で逆転。応援団のボルテージが一気に上がった。

 ノリノリで振り付けを踊り、声を出し続ける応援団。四回裏には柳川選手の二塁打で2点追加。妹の愛唯菜さん(8)=福岡市=は「かっこいい。すごく頑張っている」と「いつも優しいお兄ちゃん」が活躍する姿を見て喜んだ。

 ところが五回に同点、六回に逆転されてしまう。

 重い空気がスタンドに漂う中、野球部OB5人と来ていた秋本健太さん(20)=大阪府枚方市=は「攻撃がいいのでまだまだいける。最後まで諦めてほしくない」。70人で演奏を加勢した尼崎双星高吹奏楽部部長の浅田亮君(3年)は「全力で応援します」と前を向いた。

 その後も懸命な応援が続くが、4点差で9回最後の攻撃に。団長の森谷春太君(2年)が「最終回なので盛り上がっていこう!」、スタンドから「延学がんばれー」と大きな声がとんだ。応援団は逆転を信じて、これまで以上に紫のメガホンを揺らして鼓舞し続けた。

 しかし、試合終了。涙を流す生徒もいるなど気落ちしていた応援団だが、選手がスタンド前に来ると、大きな拍手やエールを惜しむことなく送った。

 副団長の江藤涼さん(3年)は森谷君や投山君と2月26日の結成以来、応援団を引っ張って来た。「選手は精いっぱい頑張っていた。また夏に連れて来てくれると信じています。その時はまた副団長をします」と話した。

 椿原塁主将らが所属した門川中の監督だった田中政秀さん(45)=宮崎市教育委員会=は3年前、春の日本一になったその帰路。センバツを一緒に見に来たことを思い出しつつ「夢の甲子園。よくここまで成長したなとうれしく、プレーする姿を見て感動した」と喜んだ。

 野球部の保護者会長を務める椿原孝二さん(44)=門川町=は選手と同じ19日に現地入り。チケットの取りまとめなど選手、保護者、応援団などのために奔走してきた。

 悔しそうな表情を見せつつ「親たちがすごくまとまって一丸になっている」とほかの保護者たちに感謝。「最高でうれしい仕事でした」と笑顔で振り返り、「選手には周りのサポートに感謝し、この悔しさを忘れないでほしい」とエールを送った。


◆あの時と同じ雰囲気
昭和43年に延商初出場、野村さん孫を応援

 「この雰囲気は(あの時と)同じですね」と甲子園のグラウンドを見つめ、懸命に応援していたのは延岡学園の日眇蟻析坐手の祖父、延岡市長浜町の野村秀一さん(67)。

 秀一さんは延岡商業高出身。ちょうど50年前の昭和43年の夏、県北の悲願だった甲子園初出場を決めた延商ナインの一人。1番でセンターとして活躍。初戦で三重に4対7と敗れたが、県北高校野球の球史に残る1ページを飾った。

 慎太郎選手が赤ちゃんのころ、子守歌代わりに夏の全国高校野球選手権大会の歌「『栄冠は君に輝く』を歌うこともあった」し、「小さい時にプラスチック製のボールで野球の基礎を教えたこともあった」という。

 慎太郎選手も大会前に「野球を始めるきっかけをつくってくれたのは祖父。かなわなかった初戦突破を果たしたい」と話していた。その頼もしい孫が甲子園にやってきた姿を見て秀一さんは「感無量」と感激。

 秀一さんが出場したのは第50回大会。延岡学園の三浦正行監督も秋田市立高(現・秋田中央高)の控え捕手として出場している。今年、センバツは90回大会で、夏は100回目。さまざまな縁を感じながら「夏の甲子園にも出てもらいたいですね」と話した。

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