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琴恵光特集−琴恵光入幕濃厚

本紙掲載日:2018-05-28
7面

5月場所、東2枚目の地位で11勝−15歳で上京、入門して12年

◆いよいよ夢、実現か

 延岡市出身の琴恵光関(26)=本名・柏谷充隆さん=は、大相撲五月場所で11勝4敗と見事な成績を収めた。同場所は東十両2枚目。11勝を挙げたことで、7月場所で念願の入幕を果たす可能性がかなり高くなった。小学生時代は恵まれた体格で、柔道大会やわんぱく相撲大会で活躍した。その少年が、15歳で各界入りを決意、上京した。それから12年、あの充隆少年は琴恵光となり、大きな花を咲かせようとしている。今場所は、自己最高位タイの地位で最後まで優勝争いに絡み、館内を沸かせた。これまで厳しい練習に耐え、序二段、三段目、幕下を駆け上がり、いよいよ入幕が濃厚となってきた。延岡時代の琴恵光関を中心にこれまでを振り返る。


◇柔道、わんぱく相撲で頭角

 相撲と出合ったのは5歳のころ。祖父で元十両の松恵山こと故柏谷邦治さんに指導を受けた染矢恬さんなどに導かれ、岩尾啓太さんが開く松恵山道場に通うようになった。

 一方で兄の影響で小学生から柔道も始め、盛毅館伊福道場に所属。同年代の男子と比べても体が大きく力も強かった柏谷少年は相撲と柔道の両面で抜き出たセンスを発揮し、県内外の大会で活躍した。
延岡青年会議所が主催して平成4年から始まった「わんぱく相撲大会」に出場し、平成14年の小学5年で優勝を飾ると、翌15年の小学6年でも〃横綱〃を勝ち取り、全国大会へ出場した。
東京の国技館であった全国大会では、各県代表を相手にベスト8に進出した。

◇15歳で入門、佐渡ケ嶽部へ−最初のしこ名、本名から琴柏谷

 「わんぱく相撲」の全国大会での活躍が、逸材を探していた佐渡ケ嶽部屋親方で元関脇の琴ノ若さんの目に止まった。

 当時、各界入りなど考えてもいなかったから、柏谷少年は親方の誘いを固辞。それでも、延岡まで足を運んだ親方の熱意に「この人なら付いていける。頑張ってみよう」と入門を決意した。

 初土俵は平成19年3月場所。「琴柏谷」のしこ名で土俵に上がった。初戦で初白星を飾ると、続く2戦目も勝ち星を挙げて、無敗で「一番出世」。

 東序ノ口14枚目となった続く5月場所こそ3勝4敗と負け越したが、7月場所は5勝2敗で序二段に昇格。東日本大震災後の平成23年5月場所からは、しこ名に祖父の名前を一字入れて「琴恵光」と改めた。

◇平成26年10月−県では32年ぶりの関取に

 平成26年10月1日の番付編成会議で琴恵光の新十両昇進が決定した。本県から32年ぶりとなる関取誕生の朗報に地元延岡市は沸き、商店街には横断幕が次々と飾られた。琴恵光延岡後援会も発足。各界から喜びの声が届いた。

 延岡に凱旋(がいせん)した琴恵光は祖父の墓前に「やっと十両に上がれたよ」と報告。分刻みのスケジュールで母校やお世話になった人たちにあいさつして回った。

 平成27年1月場所で幕下に落ちたが、翌3月場所で再十両、28年7月場所で再々十両を果たし、順調に勝ち星を重ねてきた。

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