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延岡いちばん(3)−伝えてほしいのべおかの宝

本紙掲載日:2019-04-17
6面

観光延岡の5本柱「自然」「産業遺産」「城下町」「食」「神話・歴史」

 延岡市民が子どもの頃から親しんでいる「新ばんば踊り」。昭和37年に生まれたこの曲には、「城山の鐘」「マンモス工場(旭化成)」など、今も残る延岡の宝が歌い込まれている。中でも「城山」は、市民の憩いの場であるのと同時に、「城下町延岡」としての歴史が息づく。延岡ガイド・ボランティアの会の九鬼勉会長と久富熊雄副会長に、その魅力を解説してもらった。

◆城マニアも注目−歴史文化の息づく城山

 「千人殺しの石垣」が象徴的な延岡城(縣=あがた=城)は、平成29年に日本城郭協会が認定する「続日本の100名城」に選ばれたことから、今、全国から城マニアが訪れるようになっている。

 「延岡城は慶長8(1603)年に初代藩主・高橋元種公が築城しました。通称『千人殺し』と呼ばれる石垣は、高さが19メートル、のり面の長さが22メートル。一番下の礎石を外すと、一気に崩れて千人の敵を殺すことができるという伝承から、その名が付いたとされます。県内には飫肥城、高鍋城にも石垣がありますが、高さ19メートルという石垣は県内随一」と久富さん。

 「自然石を積み上げた野面積(のづらづみ)と、長方形の隅石(すみいし)の短辺と長辺を交互に組んで積み上げる算木積(さんきづみ)という工法が用いられています。江戸初期の工法で素朴なものですが、全国から訪れるお城マニアの皆さんからも高く評価されています」

 毎朝6時から一日に6回、時を知らせる城山の鐘は、明暦2(1656)年、有馬康純公が当時蓬?山(ほうらいさん)と呼ばれた今山八幡宮に寄進した。現在の鐘は2代目で、初代の鐘は内藤記念館に保存されている。

 寄進された時の記録に、延岡という呼称が登場する。それまで縣(あがた)と呼ばれていたこの地が、歴史上初めて「延岡」と記された事実も、大きな意味を持つという。

 「初代の鐘は西南の役と太平洋戦争の時に『供出せよ』と命令が出ました。西南の役の時には住職が谷間に隠し、太平洋戦争の時には、関係者の熱心な説得で供出を免れました。国内の鐘の多くが戦争に駆り出されたことを考えると、2度の戦火を逃れたという意味でも貴重な鐘です」と2人。

 初代城主の高橋氏から内藤氏まで、歴代延岡城主の碑は平成15(2003)年、延岡城築城400年を記念して、城山の南側にある市南駐車場そばに建立された。初代高橋家から2代藩主・有馬家、3代藩主・三浦家、4代藩主・牧野家、5代藩主・内藤家の石高や在任期間が刻まれる。丁寧な説明も記載されているため、歴史ファンにはここもお薦めスポットだ。

 城山に群生するヤブツバキも全国に誇れるものだ。「数にして3300本、108種類のヤブツバキがあります。狭い範囲にこれほど群生しているのは、延岡以外では、千葉県いすみ市と島根県松江市にしかありません。城山のツバキは白が多いのが特徴で、赤と交雑し、一本の木から赤・白・絞りが咲く、〃咲き分け〃もあります。咲き方にも大きくは開かない『抱え咲き』や途中で花びらが折れたような形の『折れ弁』など多彩なものがあります」と九鬼さん。

 内藤家伝来の能面を使う薪能は平成9年から始まった。「内藤家伝来の天下一(てんがいち)能面が、市に寄贈されたことが契機でした。人間国宝の片山九郎右衛門さん(故人)が天下一の面を着けて舞う舞台は素晴らしいものでした」と九鬼さん。石垣を背景に幽玄の世界を表現する舞台は、文化の秋を彩る一大イベントとして定着している。

 城山にはほかにも〃城下町〃の魅力が隠れている。「あまり知られていませんが、自然石を積み上げた井戸もあります。深さ13メートル、水位が3メートルあり、案内すると驚かれます。また北大手門には124年にわたって続く内藤家の墓所もあります」と久富さん。

 九鬼さんも「お城といえば建物を想像しますが、実は五ケ瀬川と大瀬川が天然の外堀として機能していました。今は見ることができませんが、市役所の辺りにはお堀があり、そのお堀を境にして東に町人の住む城下町、西に武家の住む武家屋敷が形成されていました。今は見えないところにまで想像力を働かせると、封建社会の姿が垣間見えます」と、さらに深い楽しみ方を提案した。

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