音楽の灯をともし３０年そして、これから（１）

本紙掲載日：2021-06-04

6面

音楽監督・椛山達己さんに聞く

◆延フィル３０周年記念演奏会、１９日午後６時３０分から延岡総合文化センター

　県北唯一の市民オーケストラ、延岡フィルハーモニー管弦楽団（＝延フィル、北林鉄平代表、団員３０人）は昨年１月、設立から丸３０年を迎えた。１９日に開かれる３０周年記念の第１９回定期演奏会を前に、関係者へのインタビューなどをつなぎ、地域に音楽の灯をともし続けてきた延フィルの歩み、そして、これからを６回に分けて紹介する。

◆音楽はウイルスよりも強い－消さないために覚悟必要

－－延フィルは県北初の市民オーケストラとして１９９０年に誕生しました。そこには音楽を愛する発起人たちの熱い思いがあったと聞いています。そのお一人です。

　僕ら音楽仲間は設立の約２０年前、僕が高校生の頃から「この延岡のまちにオーケストラをつくろう」と、うそみたいな、夢みたいな話をしてきました。目指したのはヨーロッパの小さなまち。そんなに上手ではないけど、ちゃんとしたオーケストラがあって、小さなオペラハウスやコンサートホールがあって日常に音楽が根付いている、そんなまちでした。

－－設立当初、弦楽器奏者の確保に苦労したそうですね。

　管楽器奏者は吹奏楽部出身者で結成していた延岡ウインドアンサンブルのメンバーがいましたが、バイオリンやチェロなどを弾く弦楽器奏者がいませんでした。つてを頼りに探していくうち延岡出身の旭化成社員やその家族、教員だった後藤佳也さん（初代コンサートマスター）や梅野恭一さんら１０人ほどが見つかりました。

　１９９０年１月、延岡総合文化センターで結成式と初練習を行いました。初めて団員がそろってシューベルトの交響曲第７番「未完成」を演奏したのですが、同センター職員だった赤澤孝さんは後に「あの時の消え入りそうな弦の響きが忘れられない」と語っていました。

　弦楽器奏者の確保一つを取っても、県庁所在地でもない人口わずか１３万人だったまちにオーケストラがあること自体、とても珍しいことでした。それは今も変わりません。すでに「のべおか『第九』を歌う会」が結成されていましたが、オーケストラが誕生したことで、まちの文化度がいっぺんに上がりました。オーケストラがまちの顔になったのです。

　当時、延岡は「陸の孤島」と呼ばれていました。取材を担当してくれていた夕刊デイリー新聞社記者の坂本光三郎さんが、こういう名言を残しています。「高速道路はなくても、延岡にはオーケストラがある」。この言葉がわれわれの大きな支えになりました。

－－当時、まちの人たちの反応はいかがでしたか。

　それこそ、まちの人たちが結婚式の披露宴に来たかのようにホールに入ってきて、晴れやかにオーケストラの幸せを願い、一緒に喜び、演奏を見守ってくれた。本当にそんな感じでした。

　市民の支援組織である賛助会の皆さんにも助けてもらいました。年会費という形で寄付していただき、今も活動を支えてもらっています。設立当初、楽器購入費などを工面した記憶があまりないのも、この賛助会があったからです。初代会長は赤水漁業社長の日髙宏弥（ひろみつ）さんでした。

－－「５年後にプロの指揮者を招き宮崎市へ遠征公演、１０年後に姉妹都市の米メドフォード市へ遠征公演」と、かなり明確な構想を練り上げて設立されたそうですね。それはなぜだったのですか。

　質を落とさないためです。何度も言いますが、県庁所在地でもないまちでオーケストラを運営していくこと自体、どだい無理な話なのです。延フィルは、そんなに上手じゃないけども下手な演奏は絶対にしていない。もちろんエキストラの手助けはありますが、それでも３０年間やってこられたのは５年後、１０年後の目標をきちんと決め、質を落とさなかったからです。

　それと民主的な運営をしてきたこと。当初から音楽監督と代表の役割を分けていますし、事務局長やアドバイザーなどを交えた月１回の役員会も欠かさず継続しています。また、全面協力してくださっている延岡総合文化センターと賛助会の存在も大きい。企画力の高さや家族的な雰囲気も延フィルの特徴です。

－－実際に一つずつ目標を実現し、特に米メドフォード市での「第九」公演（２０００年８月）は大成功を収めました。当時、「音楽に言葉は必要ないことを誰もが感じたと思う」と語られています。

　その言葉通りです。演奏後、会場を埋め尽くした観客から「ブラボー」という歓声とともに、スタンディングオベーションが巻き起こりました。何物にも代え難い感動でした。

　延フィルの遠征計画に、のべおか「第九」を歌う会（＝歌う会）が乗りかかる形で話が進み、市長を団長に２５０人の訪問団が結成されました。印象に残っている出来事は到着後、公演会場になっていたタフツ大学の担当者の女性から「キルユー（殺してやる）」と首を絞められたことです。チケットの手配など準備に忙殺されてパニックになっていたのでしょう。演奏後はハグしてくれました。今では良い思い出です。

　それと、これはあまり笑えない話ですが、演奏前、みんな舞い上がってしまっていて指揮者の末廣誠さんの楽屋に誰も夕食を運んでいなかった。演奏後、ホテルに帰ってきて「良かった、良かった」と一緒に打ち上げの席に着いたのですが、末廣さんが「きょうはおなかがすいて」と言って食べておられて、僕は「よく食べますね」なんて言いながら話をしていたのですが、帰国して１カ月ほどたった時、人づてにそのことを初めて知りました。すぐに謝りの電話を入れました。

－－「第九」はオーケストラにとって最高難度とされています。大きな決断だったのではないでしょうか。

　歌う会の合唱指揮者だった今村愛子さんから、赤澤さんを通じて「『第九』をやろう」と最初に言われた時は「絶対に嫌だ」と大反対しました。でも理路整然とその意味を説かれて、そのうち引き受けてしまいました。

　「第九」の捉え方がオーケストラと合唱団では全く違います。当時、今村さんと一晩中激論を交わしたこともあります。仲は良いのですが、その論争は今も続いています。

－－コロナ禍で音楽関係者も大きな影響を受けています。

　僕は音楽監督という立場の人間ですから、延フィルを守らなければならない。練習や演奏会が安易に中止や延期にならないように努力しないといけない。命は守らなければならないけれど、困難な時だからこそ生きている証しを求めてコンサートホールに足を運ぶ人たちもいます。

　ウイルスもコンサートホールで聞くオーケストラの音楽も、どちらも空気を介して伝わります。ですが、ウイルスよりもオーケストラが伝える音楽の力のほうが絶対に強い。ウイルスに打ち勝つことができると思っています。延フィルはそのために頑張ります。

　このコロナ禍でそうであるように、消そうと思えば音楽の灯は簡単に消えてしまいます。消さないためには覚悟が必要なのです。

－－延フィルのこれからをどう描いていらっしゃいますか。

　これからの５年、１０年が課題ではないでしょうか。キーポイントは弦楽器教室です。次の世代をどう育てていくか。生徒を５０人集めたときに１０年後、そのうち１人が帰ってきて延フィルで弾いてくれたらいいなと願っています。

　また、僕の後継者をつくっていかなければと思っています。延フィルには公然とその話ができる雰囲気があります。僕に代わって練習で指揮を振ってくれる優秀な団員も出てきています。

　延フィルは、そんなに上手ではないけれど下手ではないし、やろうとしていることが伝わる演奏ができる。これから３０年先も質を落とさず、聞いてくれる人が共感してくれる演奏をやり続ける、そこに尽きるのではないでしょうか。

－－最後に団員の皆さんへ。

　音楽は、ないならないで生きていけますが、やり続けることで自分自身の生活がより良いものになるはずです。今、団員の意識がすごく良い。大変な世の中ですが、志を高く持ってやり続けてほしいと思っています。

【プロフィル】延岡高―東京音楽大卒。広島交響楽団のトランペット奏者として活躍後、教職に就き、公立中を経て現在、延岡学園高吹奏楽部顧問、延岡フィルハーモニー管弦楽団音楽監督、宮崎シティフィルハーモニー管弦楽団名誉指揮者。吹奏楽指導者として、これまでに祝吉中、財光寺中、東海中を吹奏楽コンクール全国大会に導き、金賞を２回受賞。６９歳。延岡市伊形町在住。