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日向市平岩の医師、渡邊康久さん(73)の自宅で、貴重な資料を見せてもらった。123年前から残る家族代々の平岩小学校の卒業証書だ。 市史によると、平岩小は1875(明治8)年に創立。写真上は、1900(同33)年3月に卒業した康久さんの祖父・義久氏(旧姓・戸田、渡辺病院創立者)のもので、保管されている中では最も古く、証書番号は第45号と記されている。 写真下は、62(昭和37)年3月に卒業した康久さんのもので、保管されている中では最も新しく、証書番号は第3000号。他に、義久氏のきょうだい、父・得三氏とそのきょうだい、康久さんのきょうだいの卒業証書も残されている。 渡邊家は江戸時代から続く医師家系で、康久さんはその11代目。一昨年3月まで、祖父の代から104年間にわたり平岩小の学校医を、父の代から64年間にわたり岩脇中の学校医を務めてきた。 家族代々の卒業証書は、平岩の地に根差し、母校や地域の医療に尽くしてきた渡邊家(戸田家)の足跡の一端である。
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日向市平岩の医師、渡邊康久さん(73)の自宅で、貴重な資料を見せてもらった。123年前から残る家族代々の平岩小学校の卒業証書だ。
市史によると、平岩小は1875(明治8)年に創立。写真上は、1900(同33)年3月に卒業した康久さんの祖父・義久氏(旧姓・戸田、渡辺病院創立者)のもので、保管されている中では最も古く、証書番号は第45号と記されている。
写真下は、62(昭和37)年3月に卒業した康久さんのもので、保管されている中では最も新しく、証書番号は第3000号。他に、義久氏のきょうだい、父・得三氏とそのきょうだい、康久さんのきょうだいの卒業証書も残されている。
渡邊家は江戸時代から続く医師家系で、康久さんはその11代目。一昨年3月まで、祖父の代から104年間にわたり平岩小の学校医を、父の代から64年間にわたり岩脇中の学校医を務めてきた。
家族代々の卒業証書は、平岩の地に根差し、母校や地域の医療に尽くしてきた渡邊家(戸田家)の足跡の一端である。