本紙掲載日:2023-07-14
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北川はゆま物語(上)

来年、道の駅登録30周年を迎える「北川はゆま」
北川はゆま道の駅登録当時の資料を手にする盛武義美さん

来年30周年−94年に道の駅登録

 全国103カ所の施設が道の駅として初めて正式登録されて今年で30年。延岡市内には現在、のべおか道の駅株式会社(睫攀輔社長)が管理運営を担う三つの道の駅があり、北川町の「北川はゆま」はこのうち最も早い1994年に登録を受けている。当時の北川町長、盛武義美さん(90)=同町長井=が親しみを込めて「はゆまが丘」と呼ぶ道の駅は来年、登録30周年を迎える。節目の時を前に、盛武さんら関係者に30年を振り返ってもらい、はゆまへ懸ける思いを聞いた。

◆はゆまが丘にドライブインを−盛武義美さん(元北川町長)の着想

 北川町長に初めて就任してから半年近くが経過した1991年9月、盛武義美さんは、粘り強い暑気を振り払いながら町内飛石地区の山地を登っていた。5キロ圏内には西郷南洲翁寓居(ぐうきょ)跡(現・西郷隆盛宿陣跡資料館)、10キロ圏内には町役場(現・北川総合支所)と御陵伝説地の可愛岳が、15キロ圏内には鏡山がそびえ立つ。汗を拭いながら頂上付近にたどり着いた盛武さんは、わが町を見回しながら随伴した町職員の横で「うん、ここがいい」とつぶやいた。この一言が後の北川はゆま誕生につながる第一歩となった。

 残暑の中の山登りは、以前から計画されていた特別養護老人ホーム「きたがわ荘」建設のための現地視察だったが、盛武さんは町長初当選以前からこの時まで「町内にドライブインのような施設があれば地域活性化に役立つ」という思いを募らせていたという。

 ほどなく個人や企業との交渉が始まり、町は約5ヘクタールの土地を確保。宅地造成を終えたきたがわ荘の敷地下には、国道10号に面するドライブインに適した土地が残った。

◇くしくも道の駅制度の創設

 長距離ドライブとともに女性や高齢者ドライバーの増加が顕著になっていた当時は、高速道路のサービスエリアやパーキングエリアのように、一般道路にも安心して快適に休憩できる「たまり」空間を求める声が大きかった。

 国は仮設施設による社会実験で効果を確認後、93年2月に「道の駅」登録制度を創設。国土交通省の案内を受け、盛武さんのドライブイン構想もきたがわ荘周辺での道の駅創設へと方向が定まり、北川はゆまは94年の正式登録から約2年の造成期間を経て、96年に開駅を迎えた。

◇丘への思い紡ぐ

 北川はゆまは、地域振興施設などを自治体が、駐車場などの一部を道路管理者がそれぞれ整備する「一体型」の道の駅。盛武さんは今年4月、見守り続けたはゆまをテーマに編んだ自撰集「はゆまが丘」(全18首)の中で「道の駅北川はゆまの由来から『はゆまが丘』と名付けてみたり」「道の駅称讃すべき新名所国と地方の一体なる故」と思いを紡いだ。

 「国交省が腰を据えて事業を推し進めてくれた。地域住民、議会、職員の協力も欠かせないものだった。いま多くの人でにぎわうはゆまを目にするとうれしさがこみ上げてくる。当時の人たちの思いは睫攫卍垢呂犬畭燭の人に引き継がれている」と30年間を思い返し、〃はゆまが丘〃のさらなる発展に期待を寄せている。

(毎週1回掲載、全3回)

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