本紙掲載日:2023-09-13
(6面)

クライマックスに効く細かな描写

「井筒にみる和歌の命脈」と題し語る井上さやかさん。約20人が聞き入った

能楽講座・井上さやかさん(延岡出身)「井筒」を語る

 10月7日に延岡市の延岡城址(し)二の丸広場で行われる「第26回のべおか天下一薪能(てんがいちたきぎのう)」を前に、演目の一つ能「井筒」について学ぶ能楽講座が今月8日、同市の市民協働まちづくりセンターであった。NPO法人のべおか天下一市民交流機構(松下宏理事長)主催。

 講師は、奈良県立万葉文化館企画・研究係長の井上さやかさん(52)=同市出身=。「井筒にみる和歌の命脈」と題し、基となっている伊勢物語の二十三段「筒井筒」と謡曲「井筒」を読み解き、その描写の違いや、そこから分かる和歌の命脈をたどった。

 「井筒」は帰らぬ夫(在原業平=ありわらのなりひら=)を待ち続ける妻(紀有常=きのありつね=の娘)の霊を描いた曲で、秋の夜に夫の形見を着て井戸をのぞき、自らの姿を映しながら昔を回想する。

 謡曲では「互ひに影を水鏡、面を並べ袖をかけ」と幼なじみだった2人が、いつも肩を並べてこの井戸に姿を映し、やがて大人になって、互いに歌を交わして初恋を実らせたという素朴な恋物語が、細かな描写で語られていく。

 これは伊勢物語にはなかった描写で「この水鏡の描写が、夫の形見を着て井戸をのぞき、自らの姿を映しながら昔を回想するクライマックスに効いてくる」と井上さん。「この描写が頭の隅に残っている観客の前で、水鏡に映した2人の顔が重なっていく。そういう繊細な表現をしている」と説明した。

 また、2人が暮らしていた場所についても、伊勢物語では「大和(現在の奈良県)」としか出てこないが、謡曲では「石上(いそのかみ)」という明確な地名が出てくる。

 井上さんは「石上」という地名を用いた万葉集の歌数首をヒントに、この地名が持つ意味について「和歌の表現の伝統が積み重なっていった結果、『石上と言えば恋歌に出てくる地名』というイメージが出来上がった可能性がある。だから謡曲でも、2人の暮らした場所は明確に『石上』でなければならなかったのでは」と考察した。

 最後に「このように、万葉集からつながる和歌のさまざまな表現の蓄積を踏まえて世阿弥が大成した夢幻能の傑作、それが能『井筒』である」と締めくくった。

 能「井筒」は2006年以来2度目の公演で、ほかに同年以来3度目となる能「鞍馬天狗(くらまてんぐ)」、05年以来2度目となる狂言「千鳥(ちどり)」が上演される。出演は観世流能楽師シテ方の片山九郎右衛門さん、大蔵流狂言師の茂山千五郎さんら。

◆次回は29日、「延岡藩における神事能」

 次回の能楽講座は29日午後7時から、同市東本小路の市民協働まちづくりセンターで開かれる。参加無料。

 同市歴史・文化都市推進課調査・研究・普及係長の増田豪さんが「延岡藩における神事能~内藤家旧蔵の能狂言面伝来の過程をめぐって」と題して話す。

 参加希望者は事前にNPO法人のべおか天下一市民交流機構(℡延岡33・0248、メールtengaichi@dolphin.ocn.ne.jp)に申し込む。

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