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春の叙勲−県北の7人に栄誉(2)

本紙掲載日:2019-05-21
2面
小畑〆男さん
清永俊さん
黒木國衛さん
奈須克喜さん

長年の功績、成績たたえる

◆教育の振興に力注ぐ−瑞宝双光章=教育功労=
小畑〆男さん(72)(延岡市緑ケ丘)

 1970年から38年間、公立小学校の教諭、教頭、校長を歴任。児童生徒の指導や学校経営を行い、県の教育振興に貢献した。受章に際し、「身に余る光栄。感謝の気持ちでいっぱい」と謙虚に喜ぶ。

 校長を務めた学校では、ボランティア活動の充実、同和教育の発展、教育力・学校力の向上、地域との連携強化などさまざまな分野で活躍。その手腕は高く評価された。

 退職後も「子どもの役に立てれば」と、学校支援ボランティアや主任児童委員などを務める。延岡は教員時代の大半を過ごした地。「延岡に育ててもらった。今後も少しでも恩返しできるように活動していきたい」と話す。


◆後進の育成などに尽力−瑞宝双光章=保健衛生功労=
清永俊さん(72)(延岡市大貫町)

 診療放射線技師として1972年から約47年にわたり、延岡市中川原町の共立病院で一般診療や救急医療に携わった。現在も高千穂町押方の国見ケ丘病院で週2日、技師として診療に当たる。

 日進月歩の医療に対応するため、自身の放射線技術の研さんに努めるだけでなく、後進の教育や資質向上に心血を注いだ。県放射線技師会延岡地区常任委員として研究会の開催や会員の交流などでも力を尽くし、同会と地域との橋渡し役を積極的に務めてきた。

 「身の引き締まる思い。まだまだ県放射線技師会に貢献したい。病院の技師の相談役として後進育成もしていきたい」と気持ちを新たにしている。


◆市政発展に足跡残す−瑞宝双光章=地方自治功労=
黒木國衛さん(80)(日向市日知屋)

 「身に余る光栄。多くの皆さんの理解、協力と家族の陰の力のおかげ」と控えめに受章を喜ぶ。

 日向市職員を定年退職後、2000年から4年間、収入役を務め、01年に市制施行50年記念事業として開催された世界アマチュア囲碁選手権、へべすワインの開発などを手掛けた。一方で、限られた財源を生かすため、事業のスクラップアンドビルドを敢行し、財源の健全化に尽力。防災行政無線局の開局などにも大きな足跡を残した。

 在職中、6人の市長に仕えた。「特に総務課長のころ、三樹博市長の急逝が残念で悔やまれます。今後は趣味の俳句を続けながら人生を全うしたい」と語った。


◆自治消防の発展に寄与−瑞宝単光章=消防功労=
奈須克喜さん(75)(高千穂町三田井)

 1974年に高千穂町消防団に入団。団長を勇退するまでの30年にわたり、団員の育成強化、地域の消防施設の充実などに取り組み、自治消防の発展に寄与した。

 分団長(1990〜96年)時代は、教養担当として町内各地に出向き、団員への積極的な指導、助言を実践。各家庭の防火査察などで火災の恐ろしさや火災予防の重要性を説き、団員や地域住民の信望を深めた。

 亡き父兼奇さんも消防功労で「勲七等青色桐葉章」を受けており、父子2代での受章。「消防団活動は一人でできるものではない。団員の協力があってこそ。地域への貢献が評価されてうれしい」と喜びを口にする。


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