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新入幕だ!頑張れ−琴恵光物語(5)

本紙掲載日:2018-07-02
1面
染矢さんと松恵山道場の看板。邦治さんと染矢さんの名前が刻まれている

松恵山相撲道場の染矢恬さん

◆充隆少年、角界入り意志固かった−「何で止めなかった」怒鳴られたかも

 引退した松恵山、柏谷邦治さんは、昭和32年に帰郷。2年後の同34年に山下町で「ちゃんこ松恵」を開業する。染矢さんも三交代勤務の合間を縫って、ちゃんこ屋の手伝いに駆り出された。

 「鶏のさばき方や、だしの取り方、ちゃんこ鍋の基本を教えてもらい、いつ会社を辞めてもいいぐらいの腕に仕込んでもらいました」と懐かしむ。

 邦治さんが上京して立浪部屋にあいさつに行くときには染矢さんは同行し、関係者に紹介された。一門の関係やしきたり、相撲界の内幕など、それこそ関係者並みに詳しくなった。

 染矢さんは昭和47年7月、念願の相撲道場を開く。師匠である邦治さんのしこ名を冠した「松恵山相撲道場」だ。一枚板の看板には「松恵山相撲道場」名前の下に「初代柏谷邦治二代目染矢恬」と揮毫(きごう)がある。邦治さんへの敬意と感謝を表すと同時に、邦治さんがいつでも遊びに来てくれるよう願いを込めた。それに応えるように、「邦治さんも道場に顔を出してくれた」。

 「邦治さんは、侑希君(充隆さんの兄)には指導したことがあったと思うが、充隆君に相撲の指導したことはなかったと思う。私とじいちゃん(邦治さん)は仲良かったから、道場では充隆君も私に遠慮がありませんでした」

 平成18年9月17日の午後、延岡市内を竜巻が襲った。竜巻に破壊された柏谷家の後片付けを手伝いながら、「(大相撲の)本場所で1回優勝したら、家の修理をしておつりが来る」。染矢さんが何気なく言ったひと言に、充隆少年の表情が変わった気がしたという。

 染矢さんが相撲の指導をした中には、角界入りした子もいた。だが、ほとんどが志半ばで角界を去っている。そんな子たちを見てきた染矢さんは、「力士になる」という充隆少年に相撲界の良い面、辛い面を切々と説いた。だが、それでも充隆少年の意志は固かった。

 本来なら邦治さんが世話になった立浪部屋に入るのが筋だと思い、同市舞野町出身で立行司格だった木村庄之介(本名・内田順一)さんに相談した。木村さんも「今はもうそんな時代ではない」と言ってくれたという。

 「邦治さんが生きていたら、(角界入りを)『なんで止めなかった』と怒鳴られていたと思いますが、今の活躍を見たら納得してもらえるかな。少しだけ恩返しができたような気がしています」

 邦治さんの顔を思い浮かべながら目を細めた。

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