連載－ここが日向神話の本舞台（下）

本紙掲載日：2022-12-02

3面

延岡市北川町の可愛岳。手前の山と重なり、見る位置によってはニニギノミコトが降臨した二上山のようにも見える

神武天皇は県北にいた－宮﨑照雄三重大学名誉教授

◆可愛之山陵に葬られた瓊瓊杵尊－山の形「潰（え）」「壊（え）」から「可愛」に・国内で唯一の名その場所は延岡

　２日の話題は、「瓊瓊杵尊（ににぎのみこと）の御陵」についてです。
瓊瓊杵尊について、木花咲耶姫（このはなさくやひめ）との間に海幸彦と山幸彦が生まれた後の事績を「記・紀」は語りません。「日本書紀」では「天津彦彦火瓊瓊杵尊崩、因葬筑紫日向可愛（此云埃〈これを「え」という〉）之山陵」とあり、瓊瓊杵尊は死後、筑紫の日向国の可愛之山陵（えのみささぎ）に葬られたとあります。

　愛宕山のほぼ真北に可愛岳（えのたけ）（延岡市北川町）があります。日本国内でこの名を持つ山はここだけです。可愛岳は標高７２８ｍの花崗（かこう）岩の山で、頂上は風化・浸食が進み、大小の奇岩があります。

　「日本書紀」は、「可愛之山陵」については、「可愛」を割注で「埃（エ）」と読ませています。ところが、伊弉諾（いざなぎ）尊と伊弉冉（いざなみ）尊の国生み譚（たん）では、伊弉諾尊のプロポーズの言葉「可愛少女懸歟（えおとめを）」の「可愛」は「哀」をあてて「エ」と読ませています。

　「埃」も「哀」も音は（アイ）です。上古では母音が重なるので（アイ）を（エ）と発音したのです。一方、可愛岳の「可愛」の読みの「エ」に「哀」ではなく「埃」をあてています。なぜ異なるのでしょうか？「埃」の字義は「ほこり」、「ちり」です。つまり「紀」の編者は、「埃」を用いて「こわれてしまって形の崩れた状態」を意味させたのではないでしょうか。

　「愛」の音は（エ）ですが、「潰」も「壊」も音は（エ）です。可愛岳山頂は風化浸食が進んで崩壊が著しく、近隣には大崩山（おおくえやま）があり、可愛岳は傾山・大崩山カルデラ山系の東端にあります。当初は、「潰の岳」あるいは「壊の岳」と呼ばれていた山が、瓊瓊杵尊の依代（よりしろ＝現代流に言えば墓標）であったために、諸国郡郷名著好字令に則（のっと）り好字２字で「可愛」と作り、可愛岳と改名したと論考できます。

　「可愛」の元は「潰」、「壊」であり、山の形状を表すとすべきであり、日向国の可愛之山稜は延岡市の可愛岳にあるとすべきなのです。可愛岳山麓には、２基の円墳（男塚、女塚）がありましたが、１基は破壊され、残りの１基が宮内省指定の瓊瓊杵尊の「陵墓参考地」とされています。私は、この「陵墓参考地」に残る塚こそ、瓊瓊杵尊か木花咲耶姫の陵墓であると考えています。

　ちなみに、山幸彦（火遠理命）の「高屋山上陵」も、山の形を示すと考えると、巨岩が高い屋根をつくる「神さん山」（巣の津屋洞窟）にあるといえるでしょう。

　なお、北川の円墳が「陵墓参考地」となった経緯については、宮内省諸陵寮属官の大沢清臣が、鹿児島県の新田八幡宮を調査して、「この神社の古記録によると、新田八幡はやはり八幡宮であって瓊瓊杵尊を祭神としているというのは、この神社が弘安１０（１２８７）年に開聞岳の開聞社と、薩摩国の一宮を奪い合ったとき、祭神を古くするため、瓊瓊杵尊を祭神とすると言い出したもので、その以前は承久元（１２１９）年、承久３年等の諸文書に、みな八幡大菩薩を祭神としていると書いていることから、これは瓊瓊杵尊の御陵ではなく、「延喜式（えんぎしき）」にも日向国とあるから、日向国臼杵郡永井村俵野門のうち、字可愛良とよべる経塚という古墳こそそれであろう」という報告書を宮内省に提出し、これが有力な資料となって、明治２８（１８９５）年に可愛山陵伝説地、大正１５（１９２６）年に陵墓参考地となったものです。

　宮崎県北に住む皆さんは、日向神話のすばらしい舞台に住んでおられます。このことをもっともっと知っていただき、地域の誇りにしていただきたいものです。（おわり）