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岩熊井堰と出北用水に生涯懸ける

本紙掲載日:2023-09-20
3面

藤江監物・図書親子に感謝−293回目の法要

 延岡市の岩熊井堰(いぜき)と出北用水路の開削に生涯を懸けた藤江監物と長男・図書(ずしょ)親子の293回目の法要が12日、日之影町七折の昌竜寺で営まれた。13日には延岡市出北の出北観音堂で、地域の水利や耕地事業に尽力した監物ら先賢8人の供養法要も行われ、功績に感謝した。延岡市土地改良区(原田博史理事長)主催。

 昌竜寺であった法要には、藤江親子の墓、ろう跡の参拝を済ませた、岩熊井堰や出北用水の恩恵を受ける農家、土地改良区の関係者ら45人が参列。霊元丈法住職、圭昌副住職の読経が響く中、焼香をして手を合わせた。

 出北観音堂には次の8柱が合祀(ごうし)されている。

▽岩熊井堰を築造した藤江監物、江尻喜多右衛門。
▽須輪間井堰、恒富用水路を開削した矢野喜左衛門。
▽大貫用水路を開削した富山鹿之助、富山喜三郎。
▽沖田用水路を開削した飯田直三郎。
▽元恒富村長で恒富用水と出北用水を統合した日吉幾治。
▽元県議・南方村長で岩熊井堰の改修計画に貢献した甲斐奎太郎。

 供養法要には、子孫を含む38人が参列。昌竜寺の霊元圭昌副住職、本東寺(延岡市松山町)の吉田静正副住職の読経が響く中、焼香し、先賢たちの遺徳をしのんだ。

 藤江監物(1687〜1731年)は旧延岡藩主・牧野貞通の家老。当時、出北地区は「ひばりの巣」と呼ばれるほどの荒れ地で、農民から陳情を受けた監物は1724年、井堰と用水路の工事に着手した。

 人力のみの工事だった上、造っては洪水などによって壊されることの連続で多額の費用を要した。31年には軍用金の流用の罪を着せられ、長男・図書、次男・多治見、三男・左膳とともに父子4人が七折村舟の尾に投獄され、図書は半年後に獄死。監物も、その1カ月後に亡くなった。

 岩熊井堰は2人の死から3年後の34年、工事着手から10年がかりで完成した。

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