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あふれ出る思い出−追悼・椛山達己さん

本紙掲載日:2022-01-28
6面

音楽仲間から、教え子から…

 市民オーケストラ・延岡フィルハーモニー管弦楽団(愛称延フィル)を創設し、音楽監督として長年率いてきた椛山達己さんが、昨年12月22日に亡くなった。69歳だった。吹奏楽指導者としても活躍し、県内音楽界をリードし続けた。関係者の談話や寄稿をつなぎ、その功績を振り返りながら在りし日の椛山さんをしのびたい。


◆僕の人生、もう少し見てほしかった−山脇幸人さん

 椛山さんを師と仰ぎ、現在フリーの指揮者として活躍する延岡市出身の山脇幸人さん(29)=神奈川県在住=は「先生との出会いで僕の人生は変わってしまった。その変わってしまった僕の人生を、もう少し見てほしかった」と思いを寄せる。

 山脇さんは延岡市立南中学校2年生の時、所属していた吹奏楽部の顧問だった椛山さんの勧めで指揮者を志した。延岡高校に進学後も椛山さんに学び、東京芸術大学指揮科に見事現役で合格。受験時や入学後も「迷ったときはいつも相談に乗ってもらっていた」という。

 卒業後はバイエルン州立歌劇場で研修生(2015〜16年シーズン)として研さんを積み、その後、NHK交響楽団で首席指揮者パーヴォ・ヤルヴィ氏のアシスタント(19〜20年シーズン)を務めた。19年にはロンドン・クラシカル・ソロイスツ指揮者コンクールで第1位に輝いた。

 昨年10月には、市民合唱団と延フィルによる第35回のべおか「第九」演奏会を指揮。舞台袖で見守っていた椛山さんからは終演後「奇をてらうことのない、整然とした君らしい『第九』だった」と言葉を掛けてもらったという。それが最後の会話となった。「先生に少しだけ恩返しができたかな」と振り返る。

 山脇さんには、指揮者として大切にしている言葉がある。「私たちは優秀な音楽家になる前に、故郷を愛する人間にならなければならない」(指揮者レナード・バーンスタイン)。大学進学のために上京する時、椛山さんから教わった言葉だ。「先生が亡くなったことは悲しいし、寂しい。そのひと言に尽きますが、この言葉を胸にこれからも元気にやります。そう伝えたい」と語る。


◆夢と情熱持ち続けた人、思い出は山のよう−渡邉博吏さん

 延岡高校の吹奏楽部で椛山さんの2学年先輩だった渡邉博吏さん(72)=延岡市古川町=は、「かば」「ひろしちゃん」と呼び合う仲だった。「思い出は山のよう」と振り返る。

 高校卒業後、渡邉さんは明治大学に、椛山さんは東京音楽大学にそれぞれ進学し、下宿も近かったことから互いに行き来していたという。「海外の指揮者やオーケストラが来日するたび、よく一緒に聞きに行った。かばはその当時から『延岡にオーケストラをつくるんだ』と話していた」。

 帰郷後、渡邉さんが市職員として働き始めてからも、音楽を通して交流は続いた。昨年12月10日には市内のレストランで、音楽関係者約30人が集い、同11月に市文化功労者として表彰を受けた椛山さんを祝った。「昔話に花が咲き、かばもうれしそうにワインを飲んでいた」。それが、椛山さんとの最後になった。

 「延岡にオーケストラをつくるという夢を諦めることなく、先頭に立って実現させた。夢と情熱を持ち続けた人だった」


◆4月に古希コンサート、一緒に楽しみたい−佐藤直子さん

 ピアニスト、合唱指導者として活動する佐藤直子さん(70)=延岡市緑ケ丘=は、椛山さんの延岡高校時代の同級生(22回卒生)。椛山さんは吹奏楽部の部長、佐藤さんは合唱部の部長で「よく練習場所の音楽室を取り合っていた」という。

 古希を迎えるのを前に2020年11月から、椛山さんら同級生と実行委員会を立ち上げ、今年4月に古希を祝う「こらいまれなるコンサート」を開く準備を進めていた。

 椛山さんの指揮による延フィルの小編成演奏をはじめ、佐藤さんと児玉裕子さん=宮崎市=のピアノデュオ「スイートエコー」、22回卒生を中心に結成する佐藤さん指導の男声合唱団「22BOYS(ニーニーボーイズ)」、同じく佐藤さん指導の女声合唱団「コール・ベル」が出演予定だった。

 椛山さんの編曲で、オーケストラの小編成演奏による合唱曲を出演者全員で一緒に披露することになっており、その譜面の完成を待っていた中での訃報だった。「『一緒にやろう』と盛り上がり、彼もみんなで音楽を共有できることをとても楽しみにしていた」と佐藤さんは振り返る。

 また、佐藤さんらピアノデュオと延フィルで「動物の謝肉祭」(サン・サーンス)を演奏することにもなっていた。椛山さんは亡くなる10日ほど前、打ち合わせの電話で佐藤さんに「もし僕が指揮できなくても(既存の譜面があるんだから)、これはぜひやってね」と語ったという。「あれはどういう意味だったのか。惜しい人を亡くした」と言葉を詰まらせる。

 佐藤さんら同級生は計画通り4月、延岡市内で同コンサートを開く予定という。「まだ彼も一緒に準備していると思っている。だから追悼コンサートにはしたくない。最後まで一緒に音楽を楽しみたい」


◆あだ名は「かばT」、もっともっと教わりたかった−熊田祐子さん

 1998年10月の吹奏楽コンクール全国大会。椛山さん率いる日向市の財光寺中学校吹奏楽部は見事、金賞に輝いた。当時部長だった熊田祐子さん(38)=日向市財光寺=は「その当時の椛山先生の指導があまりにもすごくて、私は影響を受けまくってしまった。音楽の教師を目指したのも椛山先生の影響」と懐かしむ。

 「冷や汗が出るほど厳しかった」という椛山さんの指導。部員たちに「夢は現実になる。音楽をやるからにはプロを目指すつもりで練習するんだ」とよく語っていたという。また「時は芸術なり」と遅刻は厳禁。いつも腕時計とにらめっこしていたという。

 そんな厳しい一面もありながら、教え子たちからは「かばT(ティー)」のあだ名で慕われた。「お前たちのせいでこんなに髪の毛が抜けたんだぞ」と笑わせるなど「とにかく魅力的な先生だった。だからみんな付いていった。きつい練習を吹き飛ばすくらい、吹奏楽部の3年間は楽しかった」と熊田さんは語る。

 現在は延フィルの団員として活動。昨年4月からは、母校である財光寺中学校の吹奏楽部の顧問を務める。「本気でぶつかって音楽を教えてくれた。私はそんな先生のつくる音楽の一番のファンだった。もっともっといろいろなことを教わりたかった」


◆あの懐かしい思い出−のべおか「第九」を歌う会会長今村愛子
 大反対から始まったメドフォード「第九」公演

 延岡フィルハーモニー結成10周年に、メドフォード海外遠征公演を目標にしていると小耳に挟みました。

 姉妹都市締結20周年、のべおか「第九」15周年、そして2000年という大きな節目の年に、両国の親善のために文化交流として「第九」こそが一番ふさわしいのではないかと思いました。

 その提案に椛山先生は大反対されました。オーケストラにとって「第九」は全クラシック作品の頂点であり、おいそれとやれる曲ではないと。

 しかし地元で音楽を愛する仲間たちが手を差し伸べ、心を通い合わせ、その友好の公演こそが一番なのではないかと、時間をかけて何度も話し合い、並大抵ではなかったと思いますが大変な決断をしてくださり、引き受けてくださいました。

 初めてのオーケストラとの音合わせの後、涙あふれ、そして大きな一歩を踏み出せたことを実感しました。その時の先生との熱く固い握手が、ついこの前のことのように思い出されます。

 また、昨年の国民文化祭で35回目の「第九」を延フィルの皆さまと公演できましたことに深く感謝を申し上げたいと思います。ありがとうございました。

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