能楽講座第２回「誰が見ても楽しめる」

本紙掲載日：2022-09-06

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能楽ジャーナリスト石淵さん－薪能の主演目「土蜘蛛」解説

　第２５回のべおか天下一薪能に向けた「能楽講座」の２回目は２日、延岡市東本小路の市民協働まちづくりセンターであった。主演目の「土蜘蛛（つちぐも）」について、岡山県在住の能楽ジャーナリスト石淵（いわぶち）文恵さんが解説し、見どころを話した。ＮＰＯ法人のべおか天下一市民交流機構（松下宏理事長）主催。

　「土蜘蛛」は平安時代中期の武将、源頼光が土蜘蛛を退治したという武勇談を基にした物語。源氏に代々伝わる名刀の来歴が記された屋代本「平家物語」（※）の別冊「平家剣巻（つるぎのまき）」を題材にして作られたと考えられている。

　あらすじは病で伏せる頼光のもとへ、侍女の胡蝶（こちょう）が薬を持ってくる。しかし、頼光の容体はますます重くなる。その後に現れた怪しい僧は、蜘蛛の化け物だった。あっという間もなく糸を繰り出し、頼光をがんじがらめにしようとする。頼光が枕元にあった刀「膝丸（ひざまる）」を抜き、切りつけると、僧は姿を消した。

　騒ぎを聞いて駆け付けた独武者（ひとりむしゃ）に、頼光は事の次第を語り、化け物を退かせた膝丸を「蜘蛛切（くもきり）」に改名すると告げ、化け物の退治を命じる。

　独武者と従者たちは化け物の血をたどっていき、巣とみられる塚を見つける。これを突き崩すと土蜘蛛の精が現れ、戦いとなる。土蜘蛛は糸を投げ掛けて抵抗する…。

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　物語の舞台になった頼光の邸宅跡は京都御所の近くにあり、清和院の向かいのモモ畑の中にあった蜘蛛塚まで、一条通りを通って約１キロ…と、石淵さんは地図や写真などを見せながら説明した。

　頼光に薬を持ってくる胡蝶とは何者か。石淵さんは「他の登場人物がみんな男性、しかも直面（ひためん＝面を着けない）で地味なので、彩りの意味で登場させているのではないか」と推測する。

　後半に登場する「独武者」も不思議な存在だ。頼光には、鬼の酒呑童子（しゅてんどうじ）を退治したという逸話もあり、この時一緒に戦ったのは「頼光四天王」と呼ばれる４人と藤原保昌。しかし保昌は実際には頼光と仲が悪かったといい、家に駆け付けたとは考えにくい。また、四天王が土蜘蛛を退治する話にしてしまうと、四天王の方が目立って、土蜘蛛にスポットが当たらなくなってしまう。そこで「一匹おおかみ的な武者という意味で、独武者としたのではないか」。

　源氏重代の名刀は、その時所有した人物の逸話によって呼び名が変わっており、「膝丸」は「蜘蛛切」の後、為義の時に「吠丸（ほえまる）」、義経の時に「薄緑丸（うすみどりまる）」となった。「薄緑丸」と伝わる刀は大覚寺（京都府）と箱根神社（神奈川県）が所蔵しているが、「もう一つ、個人蔵のものがあり、ファンの間では、こちらが本物ではないかと言われている」。

　能「土蜘蛛」をめぐる話題はこのように豊富だが、「いずれにしても、最大の見どころは蜘蛛の糸を投げる場面。誰が見ても楽しめる」と石淵さん。

　現在各流派で使われている紙製の細い糸を考案したのはシテ方金剛流の二十一世唯一であり、安政２（１８５５）年に江戸城本丸での上演に使われたのが最初。それが評判になって、他の流派でも使うようになったという。「このように、けれん味のある（派手な）演出が、歌舞伎でなく能が発祥だという点が面白い」

　だが、野外の能舞台では風に影響される。「ある舞台では、糸がすべて大鼓（おおつづみ）の奏者に掛かってしまい、奏者がミイラのようになってしまった。逆に、糸を広げられずに、繭のまま投げた人もいる」と失敗例も。

　のべおか天下一薪能の今年の舞台は、天候さえ良ければ３年ぶりに城山となる。「城山は突風が吹いたりしますよね」と、心配とも期待とも取れる口調で「蜘蛛の糸をどのくらい飛ばすか楽しみ」と話した。

　公演当日には、ＦＭラジオを使った石淵さんの生解説をイヤホンで聞きながら、演目を鑑賞することもできる。

※「平家物語」には、読み物として書かれたもの、琵琶法師が語り伝えたものなど諸本がある。「屋代本」は、語り諸本の一つで、江戸時代の国学者屋代弘賢が旧蔵していたもの。

◆天下一薪能のチケット販売中

　第２５回のべおか天下一薪能は１０月８日午後５時３０分から、延岡市の城山二の丸広場で。演目は能「土蜘蛛」「巻絹（まきぎぬ）」、狂言「蝸牛（かぎゅう）」。「土蜘蛛」は２００１年以来２１年ぶり２回目の上演となる。

　チケットはＳＳ指定席１万円、Ｓ指定席８０００円、Ａ自由席５０００円。問い合わせ先は同交流機構（℡延岡３３・０２４８、Ｅメールｔｅｎｇａｉｃｈｉ＠ｄｏｌｐｈｉｎ．ｏｃｎ．ｎｅ．ｊｐ）。

◇９日、第３回講座

　「能楽講座」の第３回は９日午後７時から同センターで。能のもう一つの演目「巻絹」について、延岡市出身で、奈良県立万葉文化館企画・研究係長の井上さやかさんが解説する。演題は「和歌の霊性～≪巻絹≫をよむ～」。参加申し込みは同交流機構まで。