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旭化成100周年−工都延岡の思い出(1)

本紙掲載日:2022-06-17
1面

42年間勤め、家族支えた夫−誇らしい歴史共に歩いた証し

◆甲斐田鶴子(84)延岡市山月町

 旭化成の赤と白の巨大煙突は、延岡市のシンボルでもある。旅先から帰り、まず目に入るのがこの煙突。ようやく帰り着いたと、いつも安堵(あんど)する。

 旭化成が設立されてちょうど100年目とのこと。大変めでたいことである。延岡市民にとってなじみ深く、親しみさえ感じる。戦前、戦後の延岡の復興を支えたのは旭化成の陰の力だと言っても過言ではないと思う。

 当時は学校卒業と同時に、大半の人が旭化成に入社し、会社員として働いていた。私の兄2人も三交代の勤務で、家族を支えて必死で働いていた。中学校を卒業すると私は集団就職で大阪で働き、5年後に延岡に帰った。

 22歳の頃、火薬工場にある望洋寮の食堂で働いていた時に、その工場で働いていた夫・甲斐栄と出会い、結婚。共に生活を始めた。5年後、主人は薬品工場勤務となり、3児の親として家族を支えてくれた。

 1955(昭和30)〜73(同48)年まで日本の高度経済成長期、旭化成の従業員の数は多く、街は繁栄。どこへ行っても人、人で、夜の街も遅くまでにぎわっていた。

 会社の労働組合の組織も活発で夫は組合員として選挙活動に力を入れたり、北方領土返還などと叫び、東京や北海道へと出向いていた。まだ子どもが小さい頃には、会社の職場旅行や組合員の家族旅行なども行われており、楽しいこともたくさんあった。

 おかげで夫は42年間会社に勤め、60歳で定年した後は20年を生きて旅立ち、4年が過ぎた。仕事一筋の真面目な人だった。

 旭化成100年間の歴史は、延岡市民にとっても大変誇らしく、共に歩いた証しとも言える。延岡の経済発展に大きく尽力してくれたと思う。今後も旭化成の成長とたくましい発展を願っています。

(次回から、8面に掲載します)

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