【お知らせとおことわり】

 夕刊デイリー新聞ならびにYUKAN-DAILY-WEBを
ご利用いただきありがとうございます。

 著作権保護のためWEBブラウザ上からの記事・写真の
ダイレクトプリントができないようになっております。
ご了承下さい。

 サイト内の写真は本紙に掲載されたものですが
本紙掲載分の写真については以下のような規定があります。


 夕刊デイリー新聞社は、本紙に掲載された写真の提供サービス(有料)をしています。

 スポーツで活躍した場面の写真、ステージでの発表会、さまざまな行事で新聞に掲載された写真をご家族の記念に保存されてはいかがですか?

 写真は本紙記者がデジタルカメラで撮影したもので、新聞紙上では白黒でも提供写真はカラープリントです。

写真のサイズと料金は次の通りです。

▽L  サイズ 1枚 200円
▽LL サイズ 1枚 300円
▽A4 サイズ 1枚 800円
(A4サイズはラミネート加工もできます。ラミネート加工は200円追加)


L  サイズ
(8.9×12.7センチ)
1枚 200円
LL サイズ
(12.7×17.8センチ)
1枚 300円
A4 サイズ
(21×29.8センチ)
1枚 800円
(ラミネート加工は200円追加)

 提供できない写真もありますので、まず、本社にお電話をください。
 掲載日などをお聞きし写真を確認した上で準備します。

 受け渡しは、本社または支社、支局に来社していただくことになります。
 写真によっては提供サイズが限られる場合があります。
 また、事件、事故、災害、選挙、肖像権に関係する写真や本社に版権のない写真は提供できませんのでご了承ください。

 写真は個人的利用に限ります。 印刷物などに用いることはできません。

 写真提供サービス開始とともに、これまでの貸し出しサービスは終了します。


 お問い合わせ、お申し込みは
 本社(電話番号 0982-34・5000、平日は午前9時−午後5時、土曜は午前9時−午後3時)へお願いします。

 

命がつながる宮崎へ

本紙掲載日:2021-03-01
3面

導入から9年、ドクターヘリ実現に尽力

◆金丸医師、延岡中で講話

 運行開始から間もなく丸9年を迎える宮崎県のドクターヘリ。「命の格差をなくしたい」と、その導入を夢見て奔走し、現在もフライトドクターとして活躍する宮崎大学医学部付属病院救命救急センター副センター長、金丸勝弘医師(50)が2月25日、延岡市の延岡中学校(土井智喜校長)で講話した。「ドクターヘリに夢を乗せて」と題し、なぜドクターヘリの導入を目指したのか、これから挑む新たな夢とは何か、2年生100人に自身の医師人生を力強く語った。キャリア教育の一環。

 金丸医師は宮崎市出身。大宮高校3年生の夏に医師を志したが、成績が追い付かず受験に失敗。勉強を1年間やり直し、再び医学部受験に挑戦することを決めた。周囲が反対する中、当時ラーメン店を営んでいた父親だけが「土地でも家でも売ってお金は作ってやる。やりたいことをやれ」と背中を押してくれたという。

 そして見事、自治医科大学に合格。同大学は医療に恵まれないへき地で働く医師を育てる大学で、卒業後は内科医として10年間、椎葉村国保病院、東郷町国保病院、国保北浦診療所など県北のへき地を中心に回った。

 そこで、へき地医療の実情を肌で知る。重篤な患者を県立延岡病院などの高度医療機関へ搬送するには、車で平均約70分を要した。また当時勤めた地域は全て消防非常備町村で、スムーズに搬送できず途中で患者の状態が悪化し、やむを得ず引き返すことも多々あったという。

 そんなある日、金丸医師が夢を抱くきっかけとなった出来事があった。2005年2月、西郷村国保病院に勤めていたときのこと。インフルエンザが悪化した意識不明の男性が同病院に運ばれてきた。助けるには県立延岡病院へ車で約80分かけ搬送するしかなかったが、途中、容体が急変しかねない危険な状態だった。男性の妻は「少しでも希望があるなら」と搬送を了承。金丸医師も腹をくくった。

 このとき、宮崎県に導入されたばかりだった消防防災ヘリ「あおぞら」の利用を思い付く。すぐに打診し、「あおぞら」にとっても初めての患者搬送となった。同病院から県立延岡病院へ約8分で到着。男性は命を取り留めた。「いくら自分の腕を磨いても、いち早く高度医療機関に搬送できなければ助かる命も助からない。へき地にこそヘリが必要だ」と確信したという。

◆命の地域格差をなくしたい

 そして、ドクターヘリの出動回数が日本一を誇る日本医科大学千葉北総病院救命救急センターの門をたたく。そこでは「待ちの医療」ではなく「攻めの医療」を掲げたチーム医療を展開。患者搬送のためだけでなく、現場にいち早く医療を投入する手段としてドクターヘリを出動させていた。

 「医師として10年間働いてきて、ある程度の自信もあったし、プライドもあった」という金丸医師。しかし、スタッフの判断の速さ、処置の的確さなどに付いていけず、その自負はぼろぼろに崩れてしまう。それでも「あと1週間」「あと1週間」と踏ん張り、一歩ずつチームの中に入っていったという。

 5年間の学びで何より感じたことは、ドクターヘリの有無をはじめ救急車や消防職員の数、医療機関や医師の数など「宮崎県と千葉県の救命救急医療には大きな差がある」ということだった。「つまり千葉県では救える命が宮崎県では救えない。命に格差があることを知った」という。この格差をなくすため、どうすれば宮崎県でドクターヘリを飛ばすことができるのか、チーム医療の文化を根付かせることができるのか、模索が始まった。

 金丸医師は県内の研修会や勉強会などの場で、機会あるごとに「ドクターヘリを導入しましょう」と提案。しかし「必要ない」「お金がない」「医師がいない」など冷めた反応ばかりだったという。肩を落としては奮い立ち、山あり谷あり、さまざまな課題を一つずつ解決していくうち次第に機運が高まり、12年4月、ついに宮崎県でドクターヘリの運航が開始された。夢がかなった瞬間だった。

 開始時に8人だった救命救急センターの医師は、現在26人に増えた。昨年3月まで8年間のドクターヘリの要請件数は3942件、出動件数は3327件。「『命が助かる宮崎』になった」と金丸医師。新たな夢に「命がつながる宮崎」を掲げ「そのために、もっと仲間をつくり、ドクターヘリを飛ばし続けたい」と語った。

 最後に「『無理やろ』『だめかも』と思える夢も、恥ずかしがらずに口に出すことが大事。恥ずかしがらずに飛び込んでみることはもっと大事」と生徒たちにメッセージを送った。

 「消防士の仕事に興味を持っている」という1組の神田詩生(しおん)さんは「夢を持ち、あきらめないことの大切さを改めて感じた。これから頑張っていきたい」と話した。

 生徒たちは理解を深めるため事前に、ドクターヘリをテーマに取り上げた人気ドラマ「コード・ブルー」を視聴。金丸医師はドラマの監修に携わっており、生徒たちはドラマさながらの緊迫感あるドクターヘリの映像資料などに、興味深く見入っていた。また金丸医師は昨年10月、同中学校の1年生にも講話を行っている。

その他の記事/過去の記事
page-top